ああ、やってもた。ネジ穴の舐め。
あーあー、やっちゃった。
いやな手ごたえですよね、ネジを舐めちゃった。
でも、仕方ないんです。○ホみたいにトルクを掛けたのであればそれは別として、25年も前のマシンでレースやっていればエンジン回りの6mmネジのねじ切りは「ある程度」は避けられません。
頻繁な着脱(シリンダーヘッドカバーや、エンジンカバー、オイルフィルターカバーなど)でネジ山はストレスを受けていますしメネジがアルミの鋳物であればちょっとしたオーバートルクでネジ山は簡単に壊れてしまいます。
なので、やってしまったことは悔やんでも仕方ありません。
が・・・これがサーキットのピットだとしたら?予選、決勝、もしくは次の走行時間は刻々と迫っています。
「ピットクルーのお仕事」で書かせた頂きました
あなたがそのネジをなめてしまえば、
それが原因でDNS(出走せず)になってしまう事すら、
あるんです。
はそういう意味では十分あり得ること、なのです。じゃあそれが発生したら?
考えている暇はない、直すのだ!
オペ開始。15分1本勝負!
さあ作業開始!
今回やってしまったのは右エンジンカバーについている、オイルフィルターカバーです。このネジは鬼門でして、SRX250を含めたTT系エンジンのオーナーであれば、経験している方は結構多いのではと思います。
3つのネジでフィルターカバーが締結されていますが、この3つのネジのうち一番下のネジが特殊ネジでかつ、舐めやすいんです。今回もオイルフィルターを交換したのちにカバーを装着した際に舐めてしまいました。特にトルクを掛けてもいなかったので、恐らくかなりメネジが痛んでいたのでしょう。
オイルをまず抜いて・・・は時間のロスですので(実は新品の300Vを入れてエンジンを数回掛けただけなので勿体なかったという噂あり)、マシンを思いっきり寝かします。
ここでは、リア用のレーシングスタンドを支えにして50度くらいのバンク角(失笑)で固定しました。ここまで寝かせば、オイルは漏れません。
レーシングスタンド・・・レーシングスタンドとメンテナンススタンドに違いってわかりますか?意外とご存じでない方が多いようで。正解は、最後に!
使用する工具。
使用する工具はこれ、ヘリサート・・・のようなもの。
スミマセン、同等品?が格安で販売していたのでそちらを使ってみます。誰かが実験台にならないとね、こういうのは!
この製品は
- 下穴用ドリル
- 専用タップ
- コマのねじ込み用道具
- タング折り取り用道具
- コマ
がセットになっています。正規品は高価ですがこれは・・・その1/3の金額。
ちなみに「ヘリサート」の特許は1971年に消滅しており、この商品に法的問題はない・・・と思います。問題は品質ですね。
下穴開け。
私はこんな時のために、
は常に持参しています。あとガスケットが切れたときのために
もね。今回は、慎重にサイドカバーを外したため幸いにもガスケットは切れないで済みました。これで楽になる・・・。
まずは下穴用ドリルを電動ドリルに装着し、下穴を開けます。
もちろん、この下穴は垂直でなければならず、できればボール盤を使用したいところです。が、流石のワタシもボール盤はサーキットに持参していないのでカンと度胸とテクニック(!)で、垂直な穴を手作業で開けます。
タップ切り。
下穴が開いたら、専用タップでコマ用のネジを切ります。
ヘリサート(のようなものも含む)で失敗する2大理由は、筆者個人的感想としては
- 下穴が曲がっていた
- タップが奥まで切られていなかった
だと思います。
下穴が曲がればもちろん言うまでもなしうまくネジは締まりませんし、タップが奥まで切られていなければコマをねじ込めたとしてもそのネジ穴は奥に行くほど狭くなるため、ネジを締めれば締めるほどきつくなりコマが奥に押されてしまいます。結果コマがずれて失敗するケースです。
使用するコマの長さを確認しつつ、くれぐれも垂直に(下穴が垂直でもタップは曲がる)ネジを切ります。
傾きがどうしても心配、もしくは自信のない方は正規品の「パイロットタップ付きヘリサート」を使用しましょう。高価ですが、舐めたネジ山をガイドにしてコマ用ネジを切るため下穴ドリルで下穴をあける必要が無く、タップが傾く心配も不要です。
高いですケド。
コマのねじ込み。
タップが切れたら切粉を、コンプレッサーがあるならエアで、無ければパーツクリーナー等で吹き飛ばしましょう。
その後コマを取り出し、コマのねじ込み用道具の先端にセット、コマをエンジンカバーに切ったタップ穴にねじ込みます。
ここまでの作業がうまくいっていれば、スルスルとたいした抵抗もなくねじ込めるはず。
逆にキツくてはいらない、などであればなにか間違えているか失敗しているってことです。ここまでガンガン作業を進めていますが、この「ネジ山修正作業」をミスるとその瞬間、
レース(もしくはその日の練習走行)は終わりです・・・。
失敗は許されません。それがピット整備です。
コマねじ込み完了。
さあ、コマをねじ込むことができました。
今回はネジのネジ山の位置から、10mmのコマを裏側ギリギリに配置しました。
ビシッとねじ込み成功です。あとはタングを落とします。
タング?
タング折り。
タングとは、先ほどコマをねじ込むときに使った「ひっかけ部」です。
画像が無くて申し訳ありません、ネジ穴を横切るようににコマの先端が曲げられておりこれに「コマのねじ込み用道具」をひっかけてコマを回します。
「ネジ穴を横切るように」ということは、これがあるとネジ穴の真ん中で邪魔になってネジをねじ込めませんから、これを折り取ります。
もちろんタングは折り取るように「折れ目」が入っていますので、簡単に折り取ることができます。
「タング折り取り用道具」という名称のただの丸棒(にしか見えない)を突っ込み、お尻をプラスチックハンマーでこつんと軽く(軽くですよ)叩くと・・・
タング折り取り成功。
このような「タング」を折り取ることができました。
「タング折り取り用道具」を強く叩きすぎると、タングが折れるときにコマを引っ張り捻じ曲げてしまいます。簡単ですが油断してよい作業ではありません。
そして油断できない理由がもうひとつ。
タングはこんなに小さいですが、恐らくバネ鋼でできています。非常に粘り強い材質です、もしこれがギアに噛みこんだら・・・即エンジンロック、腰下オーバーホールでも直せないダメージを与える可能性があります。
あなたのすぐ脇にはエンジンカバーが空いた愛機が転がっています(まあ、ウエスくらいかけておいも罪にはならない)。
もしこのタングが飛んで行ってエンジンに落ちたら?いいえ、エンジンに落ちなかったとしても、このタングを
無くしてはいけません。
無くしたら、そのエンジンを組んではいけません。
この破片をもし無くしたら、それがエンジンの中に落ちた可能性を否定できないのです。そんなエンジンを掛けてサーキットを走行してはいけません。
コース上でエンジンクラッシュしたら、どれだけどれが迷惑を掛け、そして危険を招く事か、言うまでもないでしょう。
こういう細かいこと一つ一つを確実にこなすから、安心して限界走行ができるってわけなんです(スミマセン、偉そうですね)。
完成。
無事、タングも無くさずに修理は完了しました。
あとはさっさとくみ上げて、件のネジを規定トルクで締め付けエンジンを掛けてしばし待ちます。
・・・うん、オイルは滲んできませんね、修理成功!ワイヤリングしてもう一度各部をチェック、走行開始です!
ということで、ヘリサート・・・のようなものの品質はとりあえず問題なし。
本当はこんなにバタバタしてはいけないのですがなんでも起こり得るのがサーキット、そんな事例を(恥を忍んで)ご紹介致しました。お粗末。
レーシングスタンドとメンテナンススタンドに違い・・・タイヤウォーマーを巻いて、巻いたウォーマーが接地しないのが「レーシングスタンド」です!使いやすくするためにやたら低いスタンドがありますが、それはレーシングスタンドではありません。巻いたウォーマーが接地するとそこに熱が溜まって焦げちゃうことがあるんです。